【まおすみ】隠しエリア『???』 (7)

7,魔王城内にて


「隠しアイテムぅ?」

 昼時、魔王城食堂はいつものように賑わっていた。

 魔王城が魔王城であるために日々勤労する魔物たちは、思い思いの席に座り、存分に空腹を満たす。労働者に欠かせない昼休憩の時間である。

 とげちゃんことはりとげマジロのトゲユキおよび、仲良しの三人も、食堂の一角で束の間の休息を取っていた。馴染みの魔物たちもその近くに座り、お喋りに花を咲かせる。

「でよー、この間またなんでも屋が来ただろ?そこで買った本なんだけど」

 賑やかな歓談の最中、そんな話題を切り出したのはフランケンゾンビのアイザックだ。

「本とか読むのか?お前が?」

「ははー、いや、エロ本まとめて買ったら間に挟まってた」

「そんなことだろうと思ったぜ」

 城内勤務の魔物たちは殆どが男だ。寄れば下品な話も飛び出る。しかし今回はそういった猥談ではなかったようで、話は別の方向へ行った。

「前に姫が読んでたろ、怪談集。あんな感じのやつだったんだよ」

「あーアレな」

「あの後買って読んでみたけど、元ネタわかると全然怖くなかったな」

「むしろ誰が元ネタかを当てるのが楽しかった」

 姫が冷感効果を期待して読んだという魔界の怪談集。恐怖演出がなかなか上手いし、人間目線を想定して書かれているので魔物にとっては新鮮だ。当の人間である姫にとってはかなり怖い怪談集だったようだが、想像の中にこそ恐怖は生まれるというか、元ネタそのものである現実の魔物は一切怖がらないという認識のズレが発覚した代物だったのだが。

 ああいうノリで、怪談集や胡散臭いオカルト雑誌というのは一定の人気がある。

 アイザックの手元に転がりこんできたのは、そのひとつだった。

「それに魔王城のこと書いてあってさ」

「なんだそれ、いいのか?」

「あれじゃないか、魔王様の無認可グッズめちゃくちゃ出てるって言うだろ」

「そういうやつかー。でもさすがに城内の情報が出てるってのはやばいんじゃないか?」

「あ―確かになー。じゃ、後で魔王様のとこ持っていくわ」

「え、そんなに魔王城の中のこと書いてあるんですか?」

 口を挟んだのはきゅうけつきだ。人工血液を飲みながら首を傾げる。

「割と?ざっくりしてるけどマップも載ってるし」

「えっほんとにまずいじゃないですか」

「勇者の手に渡ったら面倒なことになるなー…」

「出版社取り締まり案件だな」

「ていうか誰だ情報話したの」

「さぁ?みんな正月になるとあちこちに帰るからなー。うっかり家族に話したのが伝わったんじゃねぇの」

 口々に声が上がる。姫によって何度もめちゃくちゃにされていようが、魔王城内の情報は本来極秘だ。勇者が行動を始めたからには、どこから情報が渡ってしまうかわからない。たとえ、城を訪れた人間の王妃のSNSから加工無しの生映像が流出してしまっていても、極秘なものは極秘なのだ。

「いや、でも内容はさ、まんまオカルトだったぜ。すっごい胡散臭いやつ」

「チープで良かったな」

「城内エリアとか十傑の情報は載ってなかったか?」

「載ってはいたけど。なんかさー、聞いたこともないエリアの話でさ」

 その言葉に一同はひとまず安心する。大方、城内のことを聞きかじった記者が、少ない情報だけであれやこれや想像を膨らませてある事無い事書き殴ったのだろう。

「なんだそりゃあ。城で働いてる俺らが知らないエリアなんてあるかよ」

「だよなー、ははは」

「逆に興味湧いてきたな、面白そうじゃん」

「地元の心霊スポット集みたいな感じだな」

「わかる」

「僕にとってはまさにそうですね」

 一同は気を取り直して笑い、アイザックはポケットからくちゃくちゃになった雑誌を取り出す。

「うわ、どこに入れてんだよ」

「いくら薄い雑誌でも折り畳みすぎだろ、くたくたじゃねぇか」

「魔王様に持ってく前にアイロンかけたほうがいいんじゃないか?」

「えー?」

 アイザックはケラケラ笑い、しっかり折り目がついた雑誌を開く。


 これはとある確かな筋から聞いた話である。

 曰く、魔王城内には隠されたエリアが複数ある。その入り口は固く閉ざされ、限られた者以外は絶対に入ることが許されないという。

 その中には、触れてはならない恐ろしいアイテムたちが封印されており、長い長い眠りについている。『宝具殿』に保管されたアイテム群とは一線を画す、特級の危険アイテム。

 エリアボスである十傑衆たちは、エリアを管理・守護すると共に、万が一にもそれらが持ち出されることのないよう、監視の目を光らせているのだという。


「で?どのエリアだよ」

「いくつかあるぜ。悪魔教会とかな」

「ええ?」

 可笑しそうな声を上げたのはきゅうけつきだ。その悪魔教会に住み、エリアボスであるあくましゅうどうしに仕えている彼だけに、今の話は眉唾を通り越して失笑ものだ。

「そんなの見たことも聞いたこともありませんよ。子供の頃に教会は隅々まで探検してみましたけど、隠し部屋なんてどこにも無いです。ましてやあくましゅうどうし様が監視してるなんて」

「だよなー」

 皆は朗らかに笑う。

「で、後は?」

「あーあとは、深海エリアとか植物エリアかな」

「あーー」

「深海エリアは俺たち行けないしなー。なんかあるかもって気にはなるよな」

「植物エリアもだだっ広いしな」

「炎エリアとか逆にどこに隠しどころがあんの?」

「それな」

 読めば読むほど眉唾。くだらない話の種としては上等かもしれない。

「それで?もしそのアイテムをゲットしちまったらどうなるんだ?」

「そりゃあ…」

 アイザックはにやにや笑い、続きを読む。


 しかしこれだけ忠告を重ね、再三言い聞かせようと、悲しいことに読者の皆様が興味を惹かれてしまうだろうことは手に取るようにわかる。

 隠されたものほど暴きたい、それが魔物の本能なのだから。

 これ以上の情報をお伝えすることは、残念ながら平凡な一般魔物である私の良心に憚られる。どうかその純粋な好奇心は胸に秘め、かの輝しき魔王城への憧憬に変えてほしい。

 私からお伝えできる最後の忠告は、「もしそれらのアイテムを手にしてしまったらどうなるか」についてだ。

 簡潔にお答えしよう。

 もし手にしてしまえば、あなた方は大いなる力を得る。それは偉大なる十傑衆にも匹敵するほどの強大な力だ。

 けれどその代償として、その身に受けるのは永遠の苦しみ。毒沼の毒や呪いなどそよ風のようなものだ。

 そのアイテムを手にしたが最後、力と引き換えにもたらされるのは、永劫続く生き地獄なのである。



 昼食を終え、午後の仕事へ戻ろうと魔物たちが席を立つ中、ふとトゲユキが気付く。

「そういや姫は?見てねぇな」

「あー?また幹部とどっか行ってるんじゃないか?」

「いや、魔王様も幹部も今日は全員城にいるぞ」

「最後に見たのはいつだ?」

「おーい、誰か姫見た奴いないか?」

 食堂に残っている魔物に聞いてみると、幾人かから返事がある。

「昼休憩に入るより前だから…二時間前かな。見たぜ」

「いつも通りうろうろしてたな」

「その後は?」

「見てないな」

「そういえば昼飯も食べに来てないな。牢で食べたのか?」

「いや、ついさっき覗いたけど牢にはいなかった」

「じゃあ二時間弱も、誰も姫を見てないのか?おいおい危険すぎるぞ」

 この場合の危険というのは、姫が何をやらかしているかわからないから危険、という意味である。しかしなんだかんだ言って姫の姿が見当たらないと落ち着かないのは、やはり心配からくる情なのかもしれない。

「じゃあ一応魔王様たちに報告しとくぞ。最後に見たのは誰だ?どこで見た?」

 通信玉を取り出すトゲユキに、火山ツチノコが答えた。

「僕だね。十一時頃に、マグマ部屋の近くで―――」



懸魚

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