【まおすみ】隠しエリア『???』 (5)

5,秘密の花園《イビルフラワーガーデン》


 花のように、と称えられることがある。

 紫色の目はラベンダーやキキョウ、長い銀髪はユリやカスミソウ、頬はサクラやモモと、こんな具合に。それはもうバリエーション豊かに。

 姫は『姫』であるが故に、生まれ落ちた瞬間から今日まで、国民からの愛を一身に受けて生きてきた。人類統一国家カイミーンの宝。寵児。一粒の真珠。誰もが姫を敬愛した。

 臣下や貴族も含め、国民から贈られた手紙の数などもう覚えていない。愛の証であるそれらは大事に綴じられ保管されてはいる。けれど、成人時点で本棚まるまるひとつを埋めるに至った量の手紙を、読み返す気にはとてもなれない。

 極力目を通すように、とは国王と王妃の言だ。害のある手紙は全て検閲で弾かれる。姫の元に届く手紙は、正真正銘、純粋な愛を綴ったものである。姫も両親の言いつけを守ろうとはしていたが、成長するにつれ課される公務は増え、読む時間はだんだん捻出できなくなっていった。未読のまま自室の片隅に積まれた手紙は、今も増えているのだろうか。

 その手紙の中で、姫は幾度も花に喩えられた。

 花の色に姫の瞳や髪を想い、季節の花の美しさに姫を想い、花の香りに姫を想う。もうなんでもアリである。

 中には、文中にある花の香りを紙に焚き染めるという粋なことをする手紙もあった。そういった手紙は、寝る前に読むのに最適だ。届く量に辟易はしても、内容は全て姫への好意。前向きな気持ちになるのも確かだ。送り主が芸術家や詩人などであれば文章にも見どころがある。

 姫は思い出した。そう、寝落ちである。

 読書しながらの寝落ちはテッパンだ。姫も以前、睡魔師匠の助けを借り、旧魔王城で特製の[ プリズムグラス ]を作った。諸々の理由からお蔵入りしかけているアイテムではあるが、便利なのは確かである。

 そこまでして読みたい本が無いというのが理由のひとつだった。

 ならば、読みたくなるものを調達すればいい。

 実家の城にいた頃届いていた、好意と洗練された文章と、良い香りの詰まった手紙のように。



 かくして姫は行動した。

 誰かに手紙をねだるのが一番手っ取り早いが、成功率は低い。何せバレンタイン・ホワイトデーの様子から見ても、魔物たちは大層な恥ずかしがり屋だ。真正面から「私に手紙を書いて」と言ったって断られるか、簡潔なメッセージしか得られない結果に終わるだろう。

 ハードルを下げる為にも、ある程度こちらからの用意が必要だ。

 まずは、香りだ。香りは安眠に大きく作用する。

 クエスト「アロマの入手」をクリアすべく、姫が今回選んだのは植物エリアだった。

 魔王城でアロマといえば地下に咲くマンゴラシアだが、採取しすぎたのか最近あんまりオイルを出してくれない。ついには姫が近づいただけで激しく恐怖し泣いて命乞いをする始末。さすがに…ちょっとだけ……ほんの少しだけ…可哀想になってきたのもある。

 香料の多くは植物を原料とする。地下以外でアロマを手に入れるなら最適なエリアだろう。

 植物エリアは、魔王城内では最も自然環境に近いエリアだ。広大な面積を誇り、黄金、純白と、色を冠した花園に分かれている。今までにも[ ごくじょうハチミツ ]や花粉症の特効薬を探しに何度か訪れている。ある程度目星をつけなければ、うろうろするだけで一日が過ぎてしまう。

 姫はアロマになりそうな植物を(アラージフの知識を借りながら)リストアップし、さっそく最初の花園へと足を運んだ。

 赤の花園でバラやゼラニウム、紫の花園でラベンダー、オレンジの花園で柑橘類、緑の花園でイランイランやミント、そして純白の花園でジャスミン、バニラ。

 朝から採取を始め、夕方になる頃には背負ったカゴはいっぱいになっていた。

「これだけあればいいかな…」

 アロマの精製方法も魔導書に聞けばなんとかなるだろう。よっとカゴを背負い直そうとして、姫はよろけた。とさっと草の上に倒れる。

「……」

 体に力が入らない。手足が痺れているような気もする。

 小さな草花も、カゴを埋めるほどあればさすがに重い。それに、朝からずっと中腰で草むらをうろうろしたり、背伸びして果実を収穫したりしたのだ。疲労も溜まる。

(少し休もう…)

 ここは植物エリアだ。かの氷エリアのように眠ったら死ぬなんてことは無い筈だ。

 姫はカゴを下ろし、近くにあった大木の陰に腰を下ろす。

(硬い枕だが、仕方ない…)

 大きな根を枕にして、姫は寝そべる。一息ついた、その瞬間。

 ズボッ

「ぬわっ⁉」

 急に体が沈んだ。

 慌てて飛び起きようとするが、体が持ち上がらない。支えを失い、背中から沈んでいく。

「ぬ、ぬわ…っ」

 掴まるものも無い。ばたばたと手足を動かすも、さらに沈んでいく一方で。

「ぬわ―――っ!」

 悲鳴を残し、姫は大木の根元へ沈むように落ちていった。



 目を開けると、一面の黒が広がった。

(………花?)

 地面に仰向けに倒れたまま、姫はぼんやり考える。

 花だ。花が咲いている。

 視線の先、高い天井に、真っ逆さまに花が咲いている。

(なんだあれは…)

 いかに魔力に満ちた魔王城といえども、重力を無視するのはさすがに難しい。土が天井に引っ付いてでもいないと、逆さまに花が咲くなんてありえない。

 起き上がった姫は、鼻を押さえた。

「くさい…」

 薄暗い空間は、なんだか空気がじっとりしていて、おまけによくわからない悪臭がたちこめていた。

 あたりを見回すと、一面に花が咲いている。構造が今までに見てきた花園と似ているので、ここも花園のひとつなのかもしれない。けれど柱は苔むし、いくつかは壊れ、壁にも無数の亀裂が走っている。相当に長い間、人(魔物)の手が入っていないらしい。

 咲いている花は一種だけだった。

 茎が長く、背が高い。のっぽな茎のてっぺんに、小さな黒い花が一、二個咲いている。鐘のように丸い形をして、花弁は六つ。試しに鼻を寄せてみると、強い悪臭がした。ウワッと身を引く。

(…黒い花もあるのか)

 黒い花を贈られたことはない。喩えられたこともない。城にも咲いていなかった。花束には見るからに不向きであるし、黒には概ねネガティブなイメージがつく。姫が知らないのも当然であった。

 花は、部屋中にびっしりと繁茂している。床は当然、壁にも、さっき見た天井にも。だから一面黒いのだ。土があるようには見えないのに、どうやって根付いているのだろうか。どの花も一様に下を向き、風に揺れることもなくじっと沈黙している。

 呼吸をすると、くらくらとめまいがした。疲労に加え、落ちた時に少し頭を打ったのかもしれない。相変わらず手足はじんじんと痺れていて、まともに動けそうにない。

(どうするか…)

 まぁ、最悪死んでも大丈夫だ。姫がどこに行ったかはアラージフが知っている。姫が見当たらないとなれば、すぐに植物エリアに人が来るだろう。ただ、死ぬまでが苦しいのは嫌だ。かといって自害も絶対に嫌だ。

(回復ポーション…持ってくればよかったな…)

 自然回復するまでここで眠るしかないか。寝具も無いし空気も最悪だが、仕方ない。

 腹をくくって、姫は目を閉じた。

 しかし。

(………?)

 不意に、するりと。

 誰かに頬を撫でられたような気がして、再び目を開ける。

 見回してみるが、もちろん誰もいない。気のせいかと目を閉じれば、またするりと。今度はさらにはっきりと。指や掌の感触さえわかるくらいに。

 跳ね起きる。やはり誰もいない。けれど、確かに感触が残っている。

 頬を撫でた手。冷たく、滑らかで、柔らかかった。

「誰かいる…?」

 牽制のため声をかけ、腰に差していた大鋏を取る。返事は無い。無風の花園は無音のままだ。しかしあれは気のせいではない。

 不可視の魔物か。あり得る。ゴースト魔物にも、消えたり現れたりするものがいる。その類かもしれない。油断なく辺りを警戒するが、三度目の接触は訪れなかった。

 その代わり、姫は見つけた。

 部屋の中央に、一段高くなった祭壇のような場所がある。そこに一輪だけ、黒い花が咲いていた。一際背が高く、花も大きい。しかしやはり項垂れるように下を向き、微動だにしない。

「……」

 姫はふらりと立ち上がる。ひどく体が重く、立ち上がっただけでぶわりと冷たい汗が噴き出してきた。寒気もする。ただの疲労でこうはならない。姫も薄々気付き始めたが、構わず震える足を踏み出した。

 距離にして五十メートルほどだっただろう。姫の人生で一番長い五十メートルだった。荒い息を吐きつつ、姫は倒れ込むように祭壇に辿り着く。そして手を伸ばした。

 黒い花に触れると、目の前でひとりでにぽきりと茎が折れた。そして、花はまるで頽れるように、姫の手のひらに落ちてきた。



 ――隠しアイテム[ 嘆きの黒百合 ]を手に入れた‼――



懸魚

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