【まおすみ】隠しエリア『???』 (1)

1、魔王城上層階


 そこに落ちたのは、ほんの小さな弾みだった。

「あっ」

 いつものように、大鋏片手に、城内を闊歩していた姫は。

 いつものように、そう。

 ちょっと崖から落ちたり、マグマに落ちたり、毒沼に落ちたりする時と同じように、足を踏み外した。

 そこはなんてことない、魔王城上層階の、魔王の寝室に近いただの廊下であるはずだった。

 ただ、入り口が重い緞帳のカーテンで隠されていたこと。空気が重く、ひと気の無いこと。やけにひんやりして、何の音もしないこと。それ以外は、何の変哲もない廊下だった。

 城の外観から推測して、この先はいつも通り魔王の寝室あたりに続くはず。そう判断して進み始めた姫であったが、おかしなことに、一向に廊下の先へと辿り着けずにいる。長い長い廊下をずっと歩くばかりで、退屈で気が変になりそうだ。

 そういえば、ここは魔族達の中核たる魔王城。一見何もなくても、おかしな魔術が施されている可能性は十分ある。姫がそんなことを気にする筈もないのだが。

「むー…」

「ごめんねでびあくま…おんぶする?」

「むー!」

「そっか…でも、眠たくなったらすぐに言うんだよ?」

 一緒についてきた仲良しのでびあくまも、疲れと不安を覗かせている。しくじった。魔術ならあの魔導書も連れてくるべきだった。まさかこんなところにループトラップじみたものがあるなんて。あの魔王は何を考えているんだろう。全くもって意図がわからない。

 いいや、嘆くのは早い。魔術に嵌っているのならこうすればいい。

 そして姫は、いつものように、壁を破壊するべく大鋏を振り上げた。

 その瞬間に、足が何かを踏み外した。

 ――何を?

 段差などなかったはず。何に…そう考える間もなく、姫の体は虚空に投げ出された。

「むー‼」

 でびあくまの悲痛な声が遠のき、視界がぐにゃりと歪んで、落ちて落ちて……



 ……気付けばそこは、広い広い豪奢なホールだった。

「ぬわっ」

 姫の驚きが、僅かに反響する。わん…と小さく響いた後は、しんと静まり返る。誰もいない。

 実家であるカイミーン城の玉座の間や、ここ魔王城のホールに雰囲気は似ている。こんな広い場所がここにあったとは知らなかった。けれど上を見上げてみても、精緻なアーチ型の天井が覆っているだけで、穴はどこにも見当たらない。

 どころか、出入り口が無い。

「どこだ、ここは…」

 ぽつねんと姫は呟く。

 ここがホール状の部屋であるとして、本来扉がある場所はただの壁だ。加えて三方向を囲む壁の、窓に見えたものは、壁に貼られた色ガラスだった。そこまで確認して、姫はますます首を傾げる。

 つまりここは何にもない、内装が凝っているだけの密室である。

 出ることも入ることもできない。なにかしらの魔術を使うのだろうが……残念ながら、姫にはさっぱりわからない。

「ぬう…」

 参った。こうなると益々、魔導書の不在が悔やまれる。

 致し方なし。今自分にある得物はこれだけだ。いつだって姫の活路を切り開いてきた、頼れる相棒の大鋏。これで手あたり次第壁を破壊していくしかあるまい。

 じゃきっと鋏を構え、その切っ先が差した先には。

「……ぬ?」

 ぱちくりと、姫の愛らしい瞳が瞬く。

 どうして今まで気付かなかったのだろうか。

 ここを玉座の間に喩えたなら、玉座にあたる場所。ホールに喩えたなら、壇上にあたる場所。この広い広い部屋で一番に目立つ場所。

 そこには、燦然と輝く大きなクリスタルがあった。

「おお……」

 思わず鋏を下げ、姫は歩み寄る。

 如何な貴人でも、その最上位に君臨する王族でも、これほど大きな貴石を目にする機会はない。献上される宝石は全て、原石から加工され研磨され、納まるべき台座や伴うべき装飾を得て、最高級のジュエリーとなった上で、姫の手元に届くからだ。

 しかし、地脈というべき力が強い魔界ならではなのか。これほど大きな結晶は人間界では見たことがない。そういえばいつぞや訪れた『凍てつくみずうみ』でも、大きな大きなクリスタルがあちこちに表出していた。

 こんなに厳重に、隠すように、しかも豪華な場所に安置されている、見るも素晴らしい大結晶。きっとさぞかし貴重なアイテムなのだろう。

 もしかしたら、安眠に作用してくれるかもしれない。それか寝具に加工できるか。

 内側から光を放つ結晶を覗き込む。よく見ると、奥に深く沈んだ色があり、そこからちらちらと蛍火のように光が生まれている。まるで満天の夜空のようではないか。上質なブラックオパールもこれには及ぶまい。

 その美しさに惹かれるようにして、姫はクリスタルに手を伸ばし、


 それに、触れた。



 ――隠しアイテム[ 瘴気の大結晶 ]を手に入れた‼――

懸魚

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