【GWT】【K暁】炬燵小噺
KKがこたつを入れたがらない。もうこんなに寒くなったのにだ。
「要らねぇだろ」
「要るよ!」
もう何回繰り返したやり取りか。暁人が何度勧めても、KKはどこ吹く風で聞き入れない。
あの寒々しい一人所帯のアパートで、こたつも無しに温かい冬が過ごせるか。一匹狼の元刑事だって冬の寒さは堪える筈だ。小学生男子のように意地を張ってないで、さっさと体を温めるべきだ。
そう力説しても、KKは煙草をぷかぷか吹かしながら生返事。暖簾に腕押しもいいところだ。
「そもそもうちにこたつなんか無ぇよ」
「嘘だろ?なんで?」
「無いものになんでと言われてもな」
そろそろ、お決まりのタクティカルジャケットも寒さには勝てなくなってきた。麻里や絵梨佳はマフラーを身に付けるようになって、エドは錆びたロボットのようにただでさえ重い口を閉ざしている。怪異退治は冬も変り映えしないが、皆の装いは変わる。
だのに、KKの住む部屋はずっと殺風景だ。
家主がいいと言うのだから、本当ならしつこく口出しすべきではないのだろう。
しかし、せっかく同じ部屋で過ごすなら。二人で、過ごすのなら。
暁人はため息した。
〇
その老婦人は言った。「娘を助けてください」と。
娘というのは、三十余年前に病死した、婦人の三女のことだった。
彼女が一人で暮らす家は、霧が丘の住宅街の一角にある。二階建てで小さな庭付きの一軒家だ。古いが手入れが行き届いていて、小ぎれいな佇まいからは家主のまめな性格が窺えた。
だが、暁人とKKを出迎えた婦人の表情は力無かった。通された居間に並ぶ雑貨も、壁を飾る額縁も、庭の花木でさえ、どこか重苦しい暗さを負っている。家主である婦人自身も、上品な身なりとは裏腹に髪はほつれ表情は沈み切っている。
そうして、二人を前にはらはらと涙を零して、先の言葉を発したのだ。
「娘さんが、どうかされたんですか?」
今回の仕事は、神社から紹介されて凛子が受けたものだった。
依頼内容は明快で、「悪霊退治」と。
「こわい男の霊が家にいて、毎晩苦しいんです。私だけなら、まだよかったけれど、とうとう娘まで悪いことになってしまって」
婦人はさめざめと泣く。嗚咽を漏らす彼女の背をさすりながら、暁人はKKと視線を交わした。
凛子によると、婦人には三人の娘がいる。上の二人はとうに成人して家を出ているが、三女は、幼い頃に病気で亡くなったそうだ。夫とは熟年離婚をして、婦人は現在この家に一人で暮らしている。間違いなくその筈だった。
「…娘、ってのは、あんたの末娘か」
KKがまっすぐに切り込んだ。暁人はぎょっとして咎めようとしたが、婦人はこくこくと何度も頷いた。
「そう、そうです。あの子です。あの子はまだこの家にいるんです。気がおかしくなっているんじゃありません。私にはわかります」
暁人は静かな居間を見回した。霊視の滴を落としてみるが、陰鬱な空気が漂う以外は、ここに気配は感じられない。障子で仕切られた隣室に目をやると、そこは仏間で、赤い格子柄のこたつと仏壇が見えた。
「娘さんにご挨拶をしてもいいですか?」
婦人に断りを入れて、暁人は仏間に入った。
仏壇が据えられた床の間は、家の中でも一段と華やかだった。
真新しい蝋燭と、長押の両脇に下げられた花柄の提灯が煌々と灯りを点している。仏壇の周囲には子供の好みそうな駄菓子やぬいぐるみ、人形などが所狭しと供えられ、壁には女児用の服まで掛けられていた。
そして座卓の上には、亡くなった三女が古い写真の中で笑っている。小さな一輪挿しには南天。写真の前に添えられているのは…青磁の器。
「……」
暁人はそっと手を合わせた。
何はともあれ、少なくとも確かに、この家には悪いものがいる。暁人とKKの現時点での共通認識だった。
「その、男の霊ってのは?いつから家にいるんだ?」
KKは婦人に聞き取りを続けている。多少強引なきらいはあるけども、事情聴取はKKの十八番だ。
婦人曰く、嫌な気配を感じるようになったのは三か月ほど前。住宅街のあちこちの通りで、気味の悪い風が吹く。背中からなぎ倒されるような乱暴な風で、まるで人の体温のように生ぬるい。そのうえ、気のせいか…血のような臭いまでする。
家に入ってきたのはひと月前。外出から戻り、玄関を開けた瞬間に、背後から強い風が吹き込んだのだ。
しまった、と思った。
それからというもの、家は異様に暗くなった。誰もいない筈なのに、物が動いたり壊れたりする。夜中にぎしぎしと歩く音がする。どれほど換気をしても、生ぬるい風と臭いが出て行ってくれない。一番恐ろしいのは、刃物を擦り合わせるような音。
苦し紛れに、神社で購入した塩と御札を寝室に貼ってみると、少なくともそこだけは悪いものを防げるようだった。だがその腹いせか、嫌な気配は仏間にしつこく留まるようになってしまった。
仏間は三女の居場所なのに。
「なるほどな」
KKがこちらを見る。目配せをして、暁人は頷いた。左手をかざし、エーテルの残量を確認する。
「オレ達の予想が正しければ、そいつはかなり危険だ。すぐに対処したいが、構わないか」
KKが強く言うと、婦人はぽかんとした。深い皺の走る目じりからぼろりと涙が落ちると、彼女は何度も何度も頷いて、「お願いします」と言った。
凛子と絵梨佳に連絡を取り、浄霊が終わるまで婦人の相手をするよう頼んだ。
そして暗い家に残った二人は、待ち構えていたかのように幻視に襲われる。
視界にノイズが走り、電灯が激しく明滅する。壁に無数の黒いシミが浮かび上がって、虫のように暴れ出す。額縁の絵は不気味な目玉に変わり、ザザッとひとりでに点いたテレビは、不吉な文字をでたらめに映し出した。
「面倒な連中が来たってわかってんだろ。家主がいなくなった途端に騒ぎ出しやがって」
「悪いけど、もう好きにはさせないよ」
仏間と聞いていたが、今はいないようだった。家主が無力なのをいいことに、好き放題に家を陣取っている。二人は二階を振り仰いだ。
「オレが上に行く。下で待ち構えてろ」
「わかった」
こういう手合いはよく逃げ回る。KKの足音が二階へ移動してしばし。KKの怒声がして、家の空気がざわついたのを感じた。荒々しい足音はいくつか部屋を移動して、やがて暁人に声がかかる。
「下にいったぞ!」
「OK!」
今の入り口で構える暁人の目の前に、禍々しい人魂が飛び出してきた。捕えようとした暁人の手をすり抜け、人魂は一直線に仏間へ飛ぶ。
「させないよ!」
仏壇に飛び込もうとした人魂は、事前に設置した御札に阻まれ跳ね返された。すかさず風のショットを放つが、これも死に物狂いで避けられる。
すぐにKKも駆けつけて人魂を追い詰める。進退窮まったのか、人魂は一瞬だけ硬直し、弾かれるようにこたつの中へ飛び込んだ。
「おいおい、往生際悪いぞ!」
KKは呆れて言った。これ以上逃げられないように、こたつを御札で囲む。
「暁人、気をつけろ」
「うん」
不意を打たれないように、暁人は慎重にこたつ布団をめくる。
中は暗い。
と、覗き込んだ瞬間に、ぎらついた両目が間近に暁人を捉えた。狭い暗がりの中で腹這いになった男の霊が、低く呪詛を吐く。
(オマエモ、シネ)
「絶対に嫌だよ」
啖呵を切り、すぐに印を結ぼうとするが、どろりと穢れが広がる方が早かった。仏間が闇に覆われ、空間が遠のく。
「KK‼」
「ここにいる」
束の間の闇の中で、力強い手がぐっと暁人の肩を抱いた。
視界が晴れ、仄暗い曇天と瓦礫の山が広がる。空間ウテナだ。暁人とKKは右手を構えた。
「気合入れろ。やばいのが来そうだ」
KKが小さく呟くのと同時に、水面の上に闇が凝る。
現れたのは、複数体の〈髪姫〉だった。長い髪を振り乱し、歪に並ぶ歯茎を剥き出しにして、金切り声を上げる。
「そっち任せた!確実に仕留めろよ!」
「わかってるよ!」
髪姫はマレビトの中でも厄介な敵だ。すぐに数を減らさなければこちらが消耗してしまう。飛びかかってきた一体をジャストガードで弾き返し、至近距離で火のエーテルショットを叩き込んだ。
手早く一体を倒したら、すぐに弓を構える。二体がKKに狙いをつけている。弦を引き絞り、放つ。風を切り裂いて飛んだ矢が一体の頭部を貫いたのを見届けて、暁人は飛び退いた。背後に迫っていた髪姫が悍ましい咆哮を上げる。
一度にこれほどの数の髪姫が出現したのは初めてだ。理由があろうとは思われたが、まずは殲滅が先だ。
続々と湧き出る髪姫を全て倒した時には、二人とも肩で息をしていた。
「あー、くそったれ。やっと消えたか」
「数が多かったね…」
穢れに集まるマレビトが消えたら、お目当ての悪霊はすぐそこだ。その筈だった。
しかし、全く唐突に、生ぬるい風が吹いた。二人はハッと目を見開き、もう一度身構える。
「やっぱりか…!」
「これで終われば楽だったんだけどな」
いくつものつむじ風が巻き起こり、刃物を打ち鳴らす音が重なり合い反響する。手品のように風の中から現れたのは、真っ赤なマントそのもののような〈血套法師〉だ。
低く不気味な笑声を上げながら、何体もの血套法師が浮遊し、暁人とKKに狙いを定める。
「KK!麻痺札、何枚ある⁉」
「わりぃ、二枚!」
「…僕が足止めする!」
このマレビトは、髪姫以上に群れられると厄介だ。動きが速く、とにかく攻撃を当てづらい。一定の距離を取り、突進してきたところを麻痺札で止め即浄で仕留める。それが最も手早い方法だ。
暁人は二体を引きつけ、麻痺札を貼る。だが掛かったのは一体だけだった。即浄した瞬間に、背後から刃物が迫る。
「暁人‼」
「くっ…!」
寸でのところでガードが間に合ったが、それでもダメージは避けられなかった。嘲笑うように浮遊する血套法師を睨み、火のエーテルを構える。闇雲に札を貼っても無駄だ。きちんとタイミングを見極め、攻撃しなければ。
相棒の方を窺うと、KKも二体を相手にしていた。暁人よりずっと経験豊富なKKでも、さすがに楽勝とはいかないようだ。
意識を集中させ、攻撃のタイミングを過たずショットを放つ。同じ浮遊するマレビトでも、〈虚牢〉とは段違いのしぶとさだ。
そうして一体を倒せば、一息つく間もなくまたつむじ風が起こる。倒せば倒した分だけ増えていくようだった。倒した数が四体を超えたあたりで、じわりと冷や汗が滲んだ。
「どれだけ出てくるんだよ…!」
「同感だぜ、クソ!」
突進してきた血套法師を弾き、KKが吐き捨てる。
焦燥と疲れが重なり、少しずつ動きが鈍り始める。攻撃を急いでしまう。エーテルの補給に気をつけていても、残量は着実に減っていく。空中を移動する複数体の動きを見なければならない。そして、KKの状況も――。
「KK‼」
三体の血套法師が、鋭い刃の嵐をKKに浴びせていた。暁人は自分の状況も忘れて駆け出し、がむしゃらに火のショットを撃つ。運よく弾かれずに命中したが、迂闊だった。一体の狙いがこちらに移り、そして背後から突進してきた一体に薙ぎ倒される。
「ぐぁっ…!」
「暁人‼クソが…!」
刃の投擲を防ぎきったKKが暁人に駆け寄る。助けるどころか、痛手を負ってしまった。悔しい気持ちを噛み締める間もなく、五体の血套法師が二人に迫る。
「…まずいな。共鳴して、どうにか…」
二人の魂を共鳴させて発動する『絶対共鳴』。それを使えば打開できるかもしれないが、暁人は負傷していた。だがこのまま嬲られる訳にもいかない。
覚悟を決めて、僕は大丈夫、そう言おうとした時、不意に時間が止まった。
「え?」
「あぁ?」
空中で血套法師たちがぴたりと動きを止めている。
何事か。そうして訝る間もなく彼らは苦しみ始め、黒い靄となり消滅していった。束の間、空間に静寂が戻る。
(がんばって!)
幼い声が水面に響いた。
空間の隅にぽうっといくつも光が現れる。蝋燭や、花柄の提灯の灯りだった。
灯りの下に向かえば、場違いな座卓の上に御札や食料が置かれている。寄り添うように南天の木が揺れる。
さらにジジッと空間が乱れ、エーテル結晶体が次々と出現した。それは不思議と、婦人の家で見た雑貨や額縁の形をしているようだった。二人は余計なことを考えず、態勢を整えることに集中した。エーテルを補給し、ありがたく御札をもらい受け、冥三色団子で体力を回復する。
はぁっと大きく息を吐いた。危ういところだった。
「大丈夫か」
「うん。ありがとう。KKは?」
「かすり傷だ。問題ねぇよ」
あの刃物の雨あられの中でも、最低限のダメージで抑えたようだ。暁人は肩を落とす。まだまだ半人前だ。冷静でいられなかった。だが、あの窮地を見て落ち着けというのも難しい。
大事な人があんな風になっていたら、冷静でなんていられない。
またつむじ風が起こる。だが、今なら迎え撃てる。
「小さい子に応援されたら、勝つしかないよね」
「誰だって子どもには勝てないからな」
二人はエーテルを構える。血套法師が高笑いする。
だが、生きて帰るのは暁人とKKの二人だと、もう決まっているのだ。
〇
暁人の連絡を受け家に戻ってきた老婦人は、ボロボロの二人を見て悲鳴を上げた。
「ごめんなさい、こんな格好で」
「大丈夫ですか⁉ひどい…そんな、怪我まで!」
「大した傷じゃないから心配は無用だ。それより」
悪霊は無事祓った。もう、嫌な気配に悩まされることは無い。そう告げると、婦人ははたと家の中を見渡した。
「……本当…、本当だ、違う、あの変な空気も、臭いもしない…!」
「はい。もう大丈夫です」
笑顔で頷くと、老婦人はぽろぽろ涙を零した。喉を詰まらせてお礼を言い、それからハッと仏間を見た。
「娘さんも無事ですよ」
仏間の様子は何も変わっていない。蝋燭と提灯は明るく灯り、座卓には娘の写真と南天の一輪挿し。そして青磁の器には。
「お友達と一緒に、僕たちを助けてくれたんです」
暁人が手を合わせた時と変わらず、塩せんべいと金平糖が入っていた。
後日、改めて老婦人の家を訪問し、少し話をした。
霊障や怪異に関することは、既に凛子と絵梨佳が説明してくれたようだ。暁人とKKは、今回の詳細をかいつまんで話すだけでよかった。
血套法師は、人間の殺人衝動から生まれるマレビトだ。そもそもが他者への加害を目的とした存在のため、危険性が非常に高い。
先頃まで、霧が丘のあたりで通り魔の被害が多発していた。幸い死者は出なかったが、ただただ斬りつけ、傷つけることが目的と言わんばかりに、いたずらに襲われ重傷を負う人が相次いだ。最後には、霧が丘禁足地の森で首を括った男が発見され、以降被害はぱたりと止んだ。
相当強い衝動だったんだろうとKKは言った。
そして、老婦人の娘のことだ。
亡くなった三女は、母親の言葉通り、まだこの家にいる。ただし地縛霊ではない。
「娘さんは、おうちを守ってくれてるんですね」
彼女が亡くなったのは数えで六つの年。七つにはなれなかった。
元々霊的な力があったのか。あるいは、それほどに家族が大好きだったのか。三女は守り神にも近い存在となって、この家に宿っている。
それも、一人ではない。
「座敷童がいるな、ここは」
KKが言った途端、仏間からくすくすと笑声が聞こえた。
仏間には誰もいない。だが、仏壇から白く小さな手が伸びて、塩せんべいを取っていくのが見えた。
「仏間で仲良く過ごしてるみたいです」
「今回は相手が悪過ぎだったな。だが、弱い霊なら追っ払ってくれてるだろう」
老婦人は時折質問を挟みながら、二人の話を静かに聞いた。話し終わると、ぼろぼろと涙がこぼれた。
「ごめんなさい…」
「いえ、いえ。大丈夫ですよ」
生前、娘は砂糖菓子が好きだった。金平糖は形がきれいだからと特に気に入っていた。亡くなったのはちょうど今くらいの時期で、来年は七五三に行こうねと話したのを覚えている。七五三に行くと千歳飴がもらえる。娘はそれを楽しみにしていた。
「亡くなってからしばらくして、塩せんべいが棚から無くなるようになりました。甘いものの方が好きだった筈だって、不思議に思っていたけれど、そう…」
友達ができたのね。老婦人は小さく呟いて泣いた。
帰り際、すっかりと明るさを取り戻した家の前で、婦人は深々と頭を下げた。礼を返しつつ、ふと家の掃き出し窓を見ると、ちょうど仏間だった。
「…KK」
小声で相棒に囁く。暁人の視線を追ったKKは小さく笑った。
燦々と陽が降り注ぐ仏間のこたつに、小さな女の子が二人、仲良く肩を並べていた。お喋りしながら、一人は金平糖を、一人は塩せんべいを頬張る。暁人たちの視線に気づくと、女の子たちは笑って手を振った。
そしてKKの住む部屋にはこたつが導入された。
侘しいアパートの一室にこたつが仲間入りをした日、暁人はさっそくKKと一緒にこたつに入り、テーブルにチョコレートケーキを出した。
「誕生日おめでとう!」
「…やると思ったよ、クソ。やめろ、ニヤニヤすんな」
「にこにこしてるつもりなんだけど。あ、蝋燭四本でよかった?五本?」
「何本でもいい」
「ダメだろ誕生日だぞ。じゃあ四本ね。灯り消すからKK吹き消し…」
「やめろ、絶っ対にやらねぇぞ」
「ええ?動画録ってグループに上げるつもりだったんだけど」
「マジでやめろ」
「麻里にも見たいって言われてるんだけど」
「…やめろ。何を言われても譲らねぇぞ」
「素直に祝われればいいのに」
「この歳になってか?こそばゆくて仕方ねぇよ」
「いくつになっても誕生日は誕生日だろ」
ケーキを直視すらしてくれない。暁人は唇を尖らせ、とりあえずそのまま撮影した。
あれだけこたつは要らないの一点張りだったKKの態度は、先の依頼の後に明確に変わった。
暁人の熱烈な勧めに考える素振りを見せ始め、あれこれと紹介したラインナップに興味を示すようになった。頃合いを見て、試しにと二人で家具店に行った。いざ実物を前にしてみれば、KKもそのうち真剣になって吟味を始め、暁人の意見も踏まえて購入に至り、ついにこたつが運び込まれた。
KKの心変わりの理由はわかる。きっと暁人と同じ気持ちを抱いたのだ。
あの婦人の家で、陽光の下、幼い少女たちが仲睦まじく肩を寄せていたあの空間。
親しい相手と楽しくお喋りをしながら、おいしいものを食べて、心地良くなれば微睡んで。悪いことなど何もない。ありふれていてもそれは幸福だと見てわかった。
そしてこれは暁人の知り得ないことだが、乗り気になった理由はもうひとつある。
「ねぇ、僕も入りたいからさ」
暁人のこの一言だ。これがとどめだった。
大事な相棒で弟子で、好い関係を築いている相手にそう言われれば、元一匹狼も頑なではいられない。
そしてこたつが採用された日が、奇しくもKKの誕生日と重なった。
ひとしきりアジトで祝いの言葉をかけられた筈だが、慣れないものらしい。だがそっけなくあしらうでもなく、ひたすら照れ倒しているのだから、嬉しい気持ちはきっとあるのだろう。おめでとうの受け取り方がヘタクソなだけで。
甘さを抑えたビターチョコは、幸いKKの口にも合ったらしい。とりあえず一切れを口にして、後はやると戻されてしまったが。
夕飯にも腕を振るった。KKの好物を揃えて、ビールも……制限つきで出してあげた。
「今日は泊まるよ」
泊まりの流れだと二人とも察してはいたが、改めて口にすればKKは機嫌が良くなった。
明日は休みを取っている。満たされた腹で、温かいこたつに身を納め、ゆったりとした心地良さに身をゆだねる。
「悪くないだろ?」
茶を啜るKKに笑いかけると、KKはしばしこちらを見て、おもむろに隣に移動してきた。
「え、なに。狭いんだけど」
KKは無言でカーペットに横たわり、戸惑う暁人に構わず、膝に頭を乗せた。驚く顔を真上に見上げて、KKは眠気に瞬きをする。
「ちょ、…ちょっと」
「いいだろ」
「…いいけど!」
照れ臭そうに視線を彷徨わせる暁人に、一矢報いたとほくそ笑んで、KKは目を閉じた。
温かくて、甘い。
きっと死んでも、忘れられないだろう。
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