【GWT】【K暁】甘い仁
「炎よ!」
印を結び、体内の火のエーテルを激しい炎へ変換させる。力を宿した両手をマレビトたちに向ければ、迸った炎熱が容赦なく彼らを呑み込んだ。
エドが名付けて曰く、チャージラッシュ。風、水、火のそれぞれのチャージショットを発展させ、より各属性の特性を活かした強力な攻撃だ。風は速度と鋭さを増して、まるで短機関銃のように。水は絶対的な冷気を具えて結界のように。そして炎は、より狙いを絞り火炎放射器のように。
これまでの火のチャージショットは、例えば手りゅう弾のように一発ずつ、一点で爆発するのみだった。ダメージは大きい一方で、攻撃範囲が限定され、対象が分散している場面においては非効率となるデメリットもあった。
その欠点がこのチャージラッシュではカバーできる。エーテルの消費が激しいという短所はあるが、攻撃の起点が常に自分にあるため攻撃の範囲が広がり、精度も向上した。また継続する炎の噴射は敵を炎上させ、大きな隙を作ることもできる。
場所が狭く、かつ敵が複数体いる時などには、かなり有効な攻撃手段だ。
『座敷牢』を守って戦う時などには、特に。
暁人の背後には、中空に浮かぶ箱がある。複雑怪奇な細工が青白く浮かぶその箱は、人の霊体を閉じ込める檻だ。これを放置すれば、中に囚われた霊たちはマレビトの餌食となり、二度と人の世には戻れない。
冥界の霧が渋谷を覆ったあの夜、暁人とKKは何度もこの座敷牢を防衛して戦った。座敷牢の出現がわかればすぐに駆けつけて、執拗に霊に群がるマレビトたちをこけつまろびつ退けた。
そうして傷だらけになりながらも、暁人は全ての座敷牢を解放し、霊たちを救った。
今回の暁人の失敗は、その自負が要因だったといえる。
また、チャージラッシュは有用だが万能ではない。状況をよく見て、攻撃手段を変えるか、態勢を整えるか。常に他の選択肢を考えるべきだ。それを失念していた。
この二点が知らず、大きな油断に繋がった。
だから前から群がってくる喜奇童子を燃やすのに夢中になって、背後で腕を振りかぶる狩影に気付けなかった。
後から自省すれば、暁人はそう答えられる。
〇
暁人は新進気鋭の若手霊能力者だが、失敗も多い。
怪異の対処に手間取ったり、マレビトとの戦闘に苦戦したり。けれどその失敗も糧として、若木の如く成長している最中なのだ。いつも傍にいて支えてくれる、頼もしい相棒もいる。少しくらいのミスでへこたれる程、暁人は弱くない。
しかし、不意を突かれて気を失ってしまったのは初めてだった。
――煙い。濃い靄が体にまとわりついている。墨のように黒々としていて、煙草の匂いがする。だが嫌ではなかった。暁人はこの黒い靄をよく知っていた。この靄を感じるのはあの夜以来になる。
これは、相棒であり師であるKKだ。
あの夜、霊体となったKKが纏っていた、あるいは霊体そのものであった、靄だ。
暁人は懐かしさと慕わしさで破顔する。
KKと融合していると、自身の顔の右半分や右腕から黒い靄が立ち上っていた。あれは察するに、事故で損傷した部分から、体に宿したKKの靄が露出していたのだろう。事故直後、バイクのミラーで自分の顔を見た時の衝撃と恐怖は今でも思い出せる。
自分の体がどうなってしまったのか。頭の中で語りかけてくる横暴な声はなんなのか。どうして体が勝手に動こうとするのか。なにもかもわからなくて、いっそ吐きそうなくらい、気分は最悪だった。
それが、こうして、一緒にいると安心するくらいになるなんてね。
暁人はなにも怯えることなく、体を包む靄に身を預ける。これはおそらくイメージのようなもので、現実ではなかった。この靄は、誰より信頼する相棒のもの。もう自身の体に宿ってはいないが、今もすぐ側にあって、寄り添い、守ってくれている。
ぼんやりと思考していると、ふと中空に何かが現れた。薄く、青白く透き通っている。人の形をしていて…ああ、あれは幽霊だ。複数人の霊体が泡のように集まったものだ。彼らを救うために、何度ビルに登ったり路地裏を駆け回ったりしただろう。
あそこにいる彼らも救わないと。ふらりと伸ばした右手に纏う靄を見て、少しだけ不思議に思う。
KKがあの幽霊たちのような姿をしていないのは、エーテルの適合者だからだろうか。それともあの夜、霊になったKKが強い未練を抱いていたからだろうか。後者であれば、KKは悪霊に堕ちる寸前だったということになりかねないが、正解はわからない。
新米霊能力者としてこの界隈に出入りするようになった今も、魂や霊だとか怪異だとかはわからないことだらけだ。その未知の領域が、きっとエドや凛子のような科学者の好奇心を刺激してやまないのだ。
人間の体って、幽霊って、魂って?
事件の渦中、霧ヶ丘禁足地で見た、集められた魂たち。木々の合間に浮遊する光は、蛍火に似ていた。魂の色は温かく、ゆっくりと光の尾を引く様はまた、小さな彗星か稚魚のようでもあった。
霊体と魂は、厳密には同一ではないらしい。
けれどどちらにせよ、人間の命であることには変わりない。剥き出しのままであっていい筈はない。救わなければ。ああ、形代はどこだっけ。
「暁人、おきろ」
厳然とした声が耳元で響いた。
ぱちりと、弾かれたように意識が覚醒する。黒い靄のイメージは消え、どこともしれない無ではなく、硬いコンクリートの上に横たわる自分を理解する。
真っ先に視界に映ったのは、厳しい顔で自分を見下ろすKKだった。
暁人は敵の攻撃を受けて、気をやっていたのだ。青ざめて慌てて身を起こせば、辺りはもう静かになっていた。少し離れたところに残滓のようにエーテルが浮かんでいて、KKがマレビトを殲滅したのだと察せられた。座敷牢と、気絶した暁人を守りながら。
ぐっと不甲斐なさで胸が圧された。
ミスをした。ようやく、自分が油断していたのだと気付いた。KKの足を引っ張った。叱責を覚悟する暁人に、落とされたのは小さなため息だけだった。
「形代、オマエが持ってるだろ」
座敷牢は既に解放されていて、数名の霊体が中空に浮かんでいた。
あの夜が明けた今、座敷牢の出現はそう多くない。マレビトに囚われるのは、殆どが街をさまよう浮遊霊だ。彼らは故人であり体も無い。形代で回収した後は、神社や寺で祈祷してもらい黄泉へ送ることになっていた。
暁人はよろよろと立ち上がり、ボディバッグから形代を取り出した。霊体に向かってかざすと、青白い光が形代に移り、ふっと収まる。これで、仕事は終わりだ。
「……ごめん、KK」
とんだ失態だ。こんな、こんな情けないこと。
臍を噛んで立ち尽くす暁人の背に、ばしりと衝撃が走った。
「痛っ⁉」
驚いて顔を上げると、KKと目が合った。てっきり、先程のような固い表情をしていると思っていたのに、KKは眦を下げて柔らかく暁人を見ていた。若干呆れはあるが、怒りや失望なんかは欠片もない。力強く暁人の肩を抱き、こう言った。
「帰るぞ、相棒」
ああ、なんでこの人は、もう。
「一言くらいは釘刺そうかと思ったんだが、オマエがガキみてぇにしょげてたからな」
暁人に氷袋を渡しながら、KKはそう言った。アジトのソファにちんと大人しく座る暁人は、気落ちしつつ相棒の慰めを受ける。
時刻は午後十時。つい先程、今日の報告とデータをまとめてエドと凛子が帰ったところだ。一仕事終えた暁人とKKはしばらく体を休める時間となるが、今日はもっぱら、負傷した暁人のケアとなりそうだった。
「痛みは?」
「少し」
「腫れそうだな、明日は病院行けよ」
狩影の警棒で打たれた頭に、KKの手がそっと添えられる。ゆっくり傾けたり、優しく髪をかき上げたりして、丁寧に患部の状態を診ている。なんだか少しくすぐったい気持ちになる。
元警官だけあって、負傷者の処置にも慣れているんだろう。こういう時に、KKとの経験の差を大きく感じる。
二十歳近くも離れているのに、張り合おうだなんてどだい無理な話だ。引きつつある頭の疼痛と、胸を覆う申し訳なさが気分を落としていく。すると、KKの手が頭から下り、暁人の両肩に添えられた。
「だから、そうしょげるなよ。オマエの動きは悪くなかった。油断してたのを自覚できたんだから、次はもう大丈夫だ。そうだろ?」
「…そうかな」
「なんだよ、本当に重症だな」
KKは小さく笑って、ぽんぽんと暁人の肩を叩く。
「治りが早いのが若さの取り柄だろ。化け物共を相手に散々暴れたのをもう忘れたか?今更できないなんてことがあるかよ」
ほら、特に百鬼夜行の時なんか。オレが引くくらいオマエ、ガンガンやってたじゃねぇか。
あの時も、そうだこの時も、と指折り数えるKKに、だんだんと暁人もおかしくなってきてふっと笑みがこぼれた。暁人が笑うと、KKは安堵したように目元を和らげて、おし、と立ち上がった。
「今日はとっときだ。夜食、食うぞ」
「KKが作るの⁉」
「そんなに驚くことないだろだろうがよ、……袋麺だけどな」
「あ、だよね」
「なに安心してんだ」
ぱちりと台所の灯りが点り、ガサガサと棚を漁る音がする。これでストックを切らしてたなんてオチだったら最高だな、と思ったけど、残念ながら無事に見つけたようだ。
暁人は目を閉じ、脱力する。ネガティブな気分はまだ残っているが、相棒のケアのおかげできっと引きずることはないと思えた。
気を失っていた間、感じていた黒い靄。
KKはずっと、…始めは仕方なしにだったとしても、暁人を見守ってくれている。その恩を返したい、自分もKKの支えとなりたい。KKだって、どこもかしこも強い訳じゃない。暁人は知っている。互いの不足を補って、助け合う対等な相棒に。それは暁人の心に確と根付いた願いで、目標だ。
――KKのことが好きらしいと結論付けた朝から、一層その思いが強くなった気がする。
自分はKKのことが気になるらしい。KKからちょっとアプローチじみたことをされただけで寝不足になりかけるくらいには、彼のことを好ましく思っているらしい。らしいらしいとはっきりしないが、こんな恋愛は初めてなんだから仕方ない。
好きだなんていつぶりかな、とませた考えが浮かぶ。KKが聞いたなら、ガキが玄人ぶって、と笑うだろう。家族と自分のことでいっぱいいっぱいで、恋愛への興味が遠のいていたのは本当だ。
「おーい、今なら味噌か塩か豚骨か選べるぜ」
「ほんと?塩―」
「だと思った」
それで、どうしようか。この気持ちの方針はまだ決まっていない。まだちょっとソワソワしている段階なのだ。もうちょっとこの状態を楽しむ…もとい、落ち着く時間が必要だ。
恋ってきっと楽しいものだ。そうだろう。
さっきまでの沈んだ気分はどこへやら、浮ついた気持ちで相棒のことを考える。そのうちに良い香りがしてきた。
「できたぞー」
「あ、ありがとー。…ちゃんと具が入ってる…!」
「おまえオレのこと舐めすぎだろ」
まあ一人なら素ラーメンだけどな、と正直に付け加えるのが彼らしい。KKが運んできたラーメンの丼には、茹でたもやしとほうれん草、ハム、そして落としただけの卵が入っていた。
「バター入れるか?」
「あっ、……」
「そんなに悩むか?用意しちまえば文句ねぇな」
「なんだよこんな時ばかり気を利かせて…!」
けらけら笑いながら、小皿にバターを用意してくれる。いつもは本当に家事の邪魔になるおじさんなのに、変なタイミングでばかり気が利く。
暁人とKKは向かい合わせではふはふと湯気を逃がしつつ、夜食の麵を啜った。ものを食べていると、気分も自然と上向いてくる。今日の戦闘はどこがダメだったか、どうすればよかったか、暁人は師に問いかける。こうすればいい、それが難しいならこうしろ、師であるKKは建設的に改善点を教える。
「できるかな」
「次までの宿題だな」
「及第点は?」
「怪我しないこと。以上」
随分弟子に甘いじゃないか。湯気に隠れるような心持ちで、暁人はちょっと照れた。
今夜はアジトで休むことにして、二人はぬるいシャワーを浴びた。玄関横の仮眠室にみっしりとマットレスを引き、野郎二人で横になる。エアコンは無い。
「…冷感シーツとか、買わない?」
「凛子にダメもとで頼んでみっかぁ…」
首元と足元に氷袋を置いてみると、だいぶ楽にはなった。体はしっかり疲れている。疲労は寝苦しさに勝り、暁人の意識はすぐに落ちていく。寝入り端に、ふと煙草の匂いが意識を掠めた。
〇
思うに魂は、梅の種の中にある仁のようなものではないか。
果実の中心にあるのは種だが、種を割れば、さらに仁がある。体を失った人間の霊体は、果肉を削ぎ落された種のような状態ではないか。そして意思も個も無い魂は、さらに外側を脱ぎ去った、無防備で柔らかい仁に相当するのではないだろうか。
ひとつのたとえ話だ。
温かい橙色の光が見えた。
暗闇の中にぽつりと、小さく灯っている。電気や火の灯りではない。金柑のように甘そうな色だった。目を凝らせば、ゆっくりと、ちょうど呼吸ほどのペースで明滅しているのがわかる。
あれはなんだろうと見つめ続けているうち、思い出した。
そうだ、人の魂だ。
昔ながらの怪談に名高い、火の玉がつまりあれなのだろう。霊や怪異に深く関わるようになった暁人にも、魂そのものを目にする機会は殆ど無い。仕事で接する霊体や悪霊たちは、透けてはいるものの、ちゃんと生前の形を保っている。
般若面の男は、この魂を大量に集め、彼岸と此岸の境を歪めようとしていた。人の魂にはそれだけの力がある。人間の奥深くにある、命の根源だ。動くための体も意思も何もかもを削ぎ落した、純然たる生命。それはひとつのエネルギーと捉えることもできるんだろう。……科学者の視点で見れば、きっと。
マレビトたちが幽霊を狙う明確な目的はわからない。だが仮に、あの青白い霊体のさらに奥にある、この光る魂が欲しいのであれば、座敷牢で捕えようとするのも道理だ。種が欲しければまず実を集めるし、さらに仁が欲しければ種を集める。
ふらりと腕を上げる。すると、自身に何かがまとわりついているのに気付いた。黒々しているから暗闇に紛れていた。あの靄だ。暁人の体を包んでいる。煙草の匂いがする。そして仄かに梅の香りもした。
――数か月前の春に、KKがくれたお守りも、こんな匂いがした。
暁人は体を起こして、夢うつつに光へ近付く。呼吸する光。よく見ると、小さな魂も黒い靄に包まれている。いや、暗闇でわかりづらいだけで、この魂こそが靄の源なのだ。なんてきれいだろう。見つめれば見つめるほど、温かそうで、愛おしい。どんな高価な物にだってそんな風に思ったことは無い。
こんなにどうしようもなく、大事なもの…。
マレビトが幽霊にたかる様は、まるで正の走光性を持つ虫のようだ。だが暁人は、今ならあの化け物たちの気持ちが、一ミリくらいは理解できそうだった。
この魂が欲しい。欲しいな。どうしてだろう、あの夜に森で目にした魂たちに、そんなこと思わなかったのに。この生きている光に、すぐに握りつぶせてしまいそうな柔い命に、おかしいほど惹かれていく。胸を内側から掻かれるような渇き。飢えというのは、きっとこんな感覚じゃないか。
ああ、好きだな。もっと近づきたい。一緒にいたい。大事なものだ、本当に。生きているなら、一緒にいよう。その方が自然じゃないか。きっと互いにとってそれが良い。
なあ、KK。
「暁人、おきろ」
ハッ、として、急激に視界と体の感覚が脳に戻ってくる。
荒い呼吸…これは自分か?ばくばくと心臓が激しく脈打っている。覚醒してもやはり視界は暗かった。だが、自分の状況はすぐにわかった。
茫然として、目の前にあるKKの顔を見下ろす。KKの黒い目に、外からの僅かな光が反射している。汗みずくの暁人の顔からぽたりと滴が垂れ、彼の頬に落ちた。暁人にのしかかられても、…相棒であり師であるこの男は、うろたえる様子ひとつ見せなかった。
「…僕…」
寝惚けて…いや。ほとんど夢遊病のように、ブランケットを蹴飛ばして、隣のベッドにいたKKにのしかかったのだ。一連の行動を全く覚えていない。自分のしたことなのに信じられない。これじゃ、襲ったみたいじゃないか。
放心する暁人の肩にKKの手が置かれて、ゆっくり押される。暁人は大人しく身を離して、起き上がるKKをただ見つめた。KKは本当にいつも通りだった。がしがしと頭を掻いて、眠そうに瞼を瞬く。
「あちぃな」
独り言のように呟いて、暁人の様子など気にも留めない素振りで、ベッドから下りてしまう。気付けば確かに、部屋には熱がこもっていた。KKのシャツにも、色濃く汗が滲んでいる。
「ちっと煙草吸ってくる」
「あ、うん…」
所在なくベッドの上に座り込む暁人の頭を、ぽんぽんとKKの手が撫でる。
「オマエも体冷やせよ。…ほどほどにな」
がちゃりとドアを開けっぱなしにして、KKの足音がベランダの方へ遠ざかっていく。廊下の灯りが部屋に差し込むと、少しだけ思考がまともになった。周りと自分の状態がより鮮明になって、そして気付いた。
勃ってる。
「……うう…」
暁人はもうなんだかよくわからなくなって、顔からベッドに倒れ込んだ。KKの匂いがした。喉の奥で呻く。汗と、溶けた氷袋の水滴と、こもる熱。今夜は熱帯夜だと、夕方のニュースで言っていた。こんな暑い部屋で寝るべきじゃなかったんだ、たぶん。
熱に浮かされて、おかしくなったのか?
あの、茫洋とした暗闇で、黒い靄に身を預けた安心感を覚えている。彼の魂を見つめた時の渇望を覚えている。……そのどちらも、かつて自分の中にあったから?その繋がりがあるから?それともまさか、KKに恋をしているから?
これが恋?
こんな、制御のできない前後不覚な状態が、恋であっていいのか。
どくどくと未だ心臓は早鐘を打っている。朝までに、いや…KKが戻ってくるまでにどうにか落ち着かなければ、こんなみっともない状態でもう一度顔を合わせるのは無理だ。 とにかく…そう、シャワーを浴びよう。そうするほかない。今はとにかく、KKが戻ってくるまでに、なんとか、いつも通りの自分に戻すのだ。
暁人はふらふら立ち上がった。
今日はなんだか失敗ばかりだ。落ち度はいつも、自分の意識の及ばないところにある。そこを自覚することが、当面の課題となりそうだった。
夜でも明るいネオン街のベランダで、KKはふーっと煙草を吹かす。
背後のシャワーの音を聞きながら、大して涼しくもない夜風で体温を下げる。ほどほどに。冷め過ぎないくらいに。
暁人にもそれくらいの熱があったらいいなとぼんやり思う。暁人がのしかかってきた時の荒い息を思い出す。これはたぶん…脈ありと見ていいんだろう。いやしかし。
「…まじかぁ」
あいつもオレで勃つんだなぁ。
KKはぽかんとして夜空を見上げた。
好きな相手に急に迫られたら、元刑事の中年だってさすがにびっくりするのだ。
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